音楽と形式と

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ニールセンの交響曲第3番第1楽章について

※この記事はYouTubeに投稿した動画の書き起こしです。

よろしければ、本編のご視聴をいただけますと幸いです。

実際にピアノ音源で聴きながらソナタ形式を実感できます。

※また、スコアはデンマーク王立図書館のウェブサイトから入手可能です*1。合わせてご覧いただくとわかりやすくなっています。

 

youtu.be

 

今回はニールセンの交響曲第3番 ”SINFONIA ESPASIVAESPASIVA” についてソナタ形式という視点から考察していきます。この3番は4楽章で構成されていますが、今回はこの副題に由来がある1楽章のみ取り上げます。

 

楽器編成

ニールセンは独自のオーケストラレーションに優れた作曲家で、4番ではティンパニを2台用いたり、5番ではスネアドラムが特徴的に用いられています。
この3番では、ヴォカリーズとしてソプラノとバリトンが起用されます。特定の歌詞はなく、一つの楽器として用いられますが、面白いのはその配置です。
スコアには舞台裏で演奏する指示があります。これが一種のミュート的な音色の変化を狙ったのか、それとも遠くから聴こえる音響的な効果を狙ったのかはわかりませんが、実際のライブ演奏ではどのように工夫されるのか、見どころとなっていますね。

 

まずは全体像から

まずは全体像から解説していきます。今回、この一楽章はソナタ形式であるという前提に基づき、このように捉えています*2

の曲では経過句で提示部が分けられているので、前半は提示部①、後半を提示部②します。

序奏

まずは序奏から解説します。といってもこの曲の場合はシンプルでわかりやすいですね。二短調でAの音が連打され、提示部へとつながれます。

 

提示部

提示部①

提示部というのはこの曲のメインとなるメロディが何であるかを説明するセクションのことです。提示部の前半ではどのようなメロディが提示されるかというと下記の二つです。

便宜的にこれらを前者を1-A、後者を1-Bと呼ぶことにしましょう。
1-Aは主調であるD-moll、G-moll。1-BはE-moll、E-dur、A-mollと転調された後に、経過句へ入ります。

経過句

経過句は次の提示部②につなぐのがその役割です。
最初はF-durですが、すぐに不機嫌になり短調にかわります。

さらにF-mollから金管の先ほど提示された1-Aに似た駆け上がりによって、As-mollに転調します。


ここから和声がF♭(E)→F♭(E)第5音のみ♭→E♭sus4→E♭と進行し、このドミナント和声であるE♭を持続させて第二提示部のAs-mollにつなぎます。


なお、ここの金管のEsのリズムは冒頭の序奏の転用ですね。

 

提示部②

経過句のドミナントに導かれて提示部②が始まります。

先ほどの活発な提示部に比べかなり穏やかなメロディが2つ提示されます。

提示部①にしたがって、前者を2-A、後者を2-Bと呼ぶことにしましょう。

この提示部②はAs-dur→Cis-moll→B-moll→F-mollと進みます。この調の変わり具合を覚えておいてください。
最後にはG7の分散和音でC-durのコデッタへつながれます。

 

ゲーゼSym:Nr.1との類似

余談ですが、2-Aの伴奏パートはある作曲家の交響曲第1番に似ています。
その作曲家とは、同じくデンマークのはニルスゲーゼです。

                                             
ゲーゼの1番冒頭はこのようになっています。

二つの該当箇所を重ねて、

さらにニールセンの方を調整するとこうなります。



いかがでしょうか。

ゲーゼでの音程がニールセンでは広がっているのがわかりますでしょうか。

ウィキペディアの記載によると、ニールセンは音楽アカデミー受験の際にゲーゼに作品を見せたところ合格したらしいです。ニールセンが彼を意識してこの3番を作ったかどうかはわかりませんが、個人的にはただの偶然ではないように思えますね。

コデッタ

少々脱線してしまいましたが、本題の解説に戻っていきます。
次はコデッタです。コデッタは展開部に移行する前に一度音楽を締める役割です。
このコデッタは主に1-Bと2-Aで構成されています。

最初に流れるメロディと伴奏は2-Aの変形ですし、

それに続く圧が強めの旋律も1-Bの変形です

また、Tb.Tu.の駆け上がりからの華々しいTpのトリルも、先ほどの1-Bの変形をもじっただけなので、実質1-Bの変形と言えます。

展開部

展開部を前半、後半の二つに分けて説明していきます。
展開部というのは、ざっくり言うと、提示部で提示されたメロディがこねくり回されて変化していく過程を曲として見せる部分です。
提示部で出てきた1-A、1-B、2-A、2-Bはどのように変化していくのでしょうか。

 

展開部①

展開部はまずこの新しいメロディと絡ませる形で1-Aが展開されます。
この新しいメロディをXと呼ぶことにします。

 

展開部は一応主調の属調にあたるA-mollでスタートします。短い間隔で何度も転調していくことになりますが、A-moll→C-durと移るまでは1-Aはそのままの形で出てきます。
音域的にはXより低いため、ピアノでイメージするなら、右手でXを引きながら左手で1-Aが出てくる感じです。

これがA-moll、C-durと転調しなが繰り返されて練習番号15のGis-mollに移ります。

 

Gis-mollに転調した練習番号15では先ほど左手で演奏された1-Aが右手で演奏される音高になります。

そして、ここまでの雰囲気から打って変わって横揺れの「三拍子らしいリズム」の上で展開部らしくメロディに変化が生まれます。

しかしこのワルツはすぐXによって打ち消され、前進する3拍子に戻ることになります。

ワルツが中断されるとFis-mollになり、再度1-Aが2回繰り返された後、先ほどのワルツの最後のフレーズが何度も繰り返されます。
非常にスリリングな展開ですが、最終的には、アクセントのずれからくるシンコペーションに置き換わって狂気を帯び、曲調もFに変わって加速していきます。

トランペットのフラッタータンギングの警笛から、仮面舞踏会のような大きなワルツが始まります。しかし聴者はすぐ、このB-mollのワルツは先ほど少し見せられた1-Aの展開ものだと気づくでしょう。

また、形式面から外れてしまいますが、裏でのクラリネットの動きはとてもユニークです。実際の演奏ではほとんど聴こえませんが……                

この曲の展開部を二つに分けた理由は決して長いからではありません。
三つ振りのリタルダントの後にこのコデッタ後半が再び出てくるからです。この圧の強いワルツはリタルダントとコデッタ後半によってクールダウンされ、展開部は後半に入っていきます。

コデッタ後半によるクールダウンはあまりにもしっかり行われるので、チョロQのねじを巻きなおすように、1-Aによって勢いがつけらます。
1-Aが何度か繰り返され、最終的にはピチカートによってテンポプリモまで勢いが戻ります。

ただ、次に展開される素材にとっては強すぎるので、結局この和声進行によって落ち着かせられてやっと展開部は後半になります。

展開部②(調性の観点から)

さて、提示部の前半はこのオリジナルの旋律と1-Aを対比させながら、1-Aが最終的に大規模なワルツにまで変形する過程が見せられました。
その過程では調性はD-mollの属調であるA-mollからC-dur、Gis-moll、Fis-moll、F-dur、B-moll、Fis-mollと様々に変化していきました。

では、後半はどうなっているかというとこうなっています。

Es-dur→Gis-mollは増3度、Gisから見たFは減7度、Fから見たCは完全5度

この流れ、提示部ですでに見ている流れです。


そう、展開部の後半の構造は実にシンプルで、提示部②を属調に転調しただけなんです。曲想もそのままです。

 

コデッタ

展開部が終わるといきなり再現部に入るのではなく、コデッタが挟まります、
このコデッタは前半が提示部の最後のコデッタに似ているのですが、後半は違っています。これは先ほどの展開部の前後のハザマでコデッタの後半を使用したからです。
逆に言うと、展開部の真ん中でワルツのクルーダウンにコデッタの後半を使用したので、残りの前半部分はこの再現部への橋渡しに使用されているわけです。

 

再現部

さて、展開部の次に来るのは再現部です。
再現部というのは一般的には提示部で提示された二つの要素の対立が解消されると言われます。
まずはトロンボーンによって冒頭の第一主題が流れ、それに続いて第二主題が二短調に統一されて続きます。調性が統一されて同時に流れることにより所謂「対立が解消」されるわけです。

 

 

Coda

展開部では1-A、2-A、2-Bが展開されましたが、コーダは1-Bを展開することで進んでいきます。
コーダはこのリズムから始まります。


初めてこの曲を聴くと、おそらく後ろの音型が1-Aの尻尾に似ていることに注目が行きがちですが、最初の四分音符も適当に置かれているわけではないんです。
これは冒頭のリズムとまったく同じ四分音符の配置であり、提示、展開、再現に続く4番が始まることをイメージさせます。

冒頭のリズムの後には提示部の練習番号4にあたる部分から経過句までが転調されます。

経過句がD-mollで再現された後、1-AがD-mollからA-mollに変形、転調されながら現れます。

 

 

 

ここまでの流れをいったんまとめます。
冒頭のリズムで音楽が再スタートし、提示部の1-Bから経過句をそのまま転調して用い、その後1-Aが変形されて再度登場します。
新たなエキストラステージが始まると同時に一瞬ながら、今までのハイライトが演奏される流れになっています。

このハイライトの後、トランクイロで、雰囲気は怪しげになります。しかし、ここにすでに1-Bが現れていることを見逃してはいけません。
このトランクイロの後、1-Bは明らかにわかる形で現れます。

上記1-BはF-durからA-durに転調、展開され、盛り上げ役としての役割を終えると、同主調の1-Aに回帰して、一楽章はA-durで幕を閉じます。

最後の和声はA→Esus4→Aです。
sus4のsusというのはSuspensionの意味で、三和音の第3音を半音釣り上げることを意味しています。
通常はこれは釣り上げ前の和音、つまりドミナント和声への一時的な経過和音として使われ、それ自体には意味がないことが多いです。
しかし、ここではチェロバスの減衰しない楽器で釣り上げたたAを持続させているので、sus4から直接トニカへ移ることに意味があるとしていることが想像されます。

これをもって、コーダの解説は終了です。

 

解説終了!

ざっくりと解説してみましたがいかがでしょうか。同期のシベリウスが有名すぎて影が薄くなりがちなニールセンですが、もっと演奏会などで取り上げてほしいなと思う今日この頃。
独特な調性の変化とオーケストラレーションは一度はまると抜け出せません。

 

もっと語りたいけどまた今度ということで!

それではまた!

                 

 



*1:デンマーク王立図書館

https://www.kb.dk/en/find-materials

*2:練習番号はデンマーク王立図書館によるニールセンエディションに基づきます。